礼に始まり、礼に終わる ― 親として剣道に触れて思ったこと

日々のこと

剣道は
剣の理法の修練による人間形成の道である
——全日本剣道連盟「剣道の理念」より

子どもたち二人が、突然始めることになった剣道。
右も左も分からないまま、私たち親も一緒に飛び込んだ剣道の世界です。

道場に足を踏み入れるときには一礼。
退出するときにも一礼。
お稽古が終われば、神棚に向かって一礼。

それは稽古を見守る保護者も同じです。

冷たい床に正座し、姿勢を正して神棚に一礼。
背筋が伸び、神聖な気持ちになる瞬間でもあります。

剣道は、練習でも試合でも、とても礼節を重んじる競技。

何も知識がない私は、最初は他の保護者の見よう見まね。
これでいいのかな、と思いながら、気づけば数か月が過ぎていました。

そこで、剣道について少し調べてみました。
(※道場によってルールは異なる場合があります)

【正しい剣道の礼】

◎稽古前
着座 → 黙想 → 神前に礼 → 先生(上席)に礼 → 相互に礼

◎稽古後
着座 → 黙想 → 先生(上席)に礼 → 神前に礼 → 相互に礼

そこには、
道場へ、恩師へ、そして仲間への感謝が込められているそうです。

剣道で礼儀を大切にする理由は、

・相手への感謝と尊敬
・闘争心の制御と人間形成
・自己の成長と謙虚さの育成

「礼に始まり礼に終わる」という精神の元、
相手を尊重し、心を整え、人間性を高めることを目的としているからだと知りました。

剣道は、勝ち負けだけを競うものではなく、
人として成長し、平和に寄与するための修行でもあるそうです。

相手がいなければ成立しない競技だからこそ、相手を敬うことが何よりも大切。

「打って反省、打たれて感謝」
という言葉があるのも、剣道ならではですね。

素振りや足さばきの練習など
(※送り足・開き足・継ぎ足・歩み足の4種類)は一人でもできますが、剣道は対人競技。

相手の頭や腕を打たせてもらわなければ、技術は向上しません。

……叩かれるのも、叩くのも、怖くないのかな?
というのが、正直な気持ちです。

我が家の子どもたちは基本的に穏やかで、兄妹喧嘩も軽い口喧嘩程度。手が出ることはありません。

そんな子どもたちが剣道を選んだのは、やっぱり少し意外でした。
(まだ恐怖心があるのか、打ち方も他の子より少し“ふわっと”している気はしますが……笑)


剣道では、闘争心をむき出しにしないことも大切にされているそうです。

「どうしても勝ちたい」という気持ちが強くなりすぎると、闘争心が前面に出てしまう人も少なくありません。

人間形成を謳う剣道において、例えば試合に負けて礼をしない、という行為は適切ではありません。

闘争本能を制御し、礼儀を重んじること。
それも剣道の大切な学びなのだと感じました。


自己を成長させること。
短所を克服するために必要な、自分の弱さを認める謙虚さと素直な心。

礼儀は、支えてくれる仲間や指導者、保護者との関係において、緩衝材や円滑油のような役割も果たしてくれるのかもしれません。

・相手への感謝
・闘争心を抑えること
・自己の成長

人生において、とても大切なことを教えてくれるスポーツだと感じています。

「礼」という形だけでなく、その真意を理解し、実践していくこと。
それができれば、剣道を通して人としても成長できるはず。



少しずつでいいので、
「礼」の意味を考えながら剣道に励み、人間としても成長していってくれたら——
親として、これ以上嬉しいことはありません。

指導してくださる先生方、神聖な道場に感謝を。
そして、一緒に励まし合い、高め合える仲間に感謝を。

応援してるよ。

……元旦稽古は、ちょっと寒くて憂鬱だけど(笑)
※来年の初稽古は元旦10時からです。

主人に行ってもらおうかな。。。(湯たんぽと厚手の靴下必須です)

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