費用対効果なんて考えたら、親はやっていられない

家族のこと

費用対効果とは、投じた費用(コスト)に対して、どれだけの効果(リターン、成果)が得られたかを評価する指標。

この数値が高いほど「少ないコストで大きな成果を出している」ことを意味しています。


初めてこの言葉を聞いたとき、子どもの費用対効果って…
きっと低いだろうなぁ、と思ったことをふと思い出しました。

そんなことを考えてしまった理由は、とても個人的な出来事がきっかけでした。

費用対効果という言葉に引っかかった理由

なぜこんなことに思い至ったかというと…

先日の息子との喧嘩が尾を引いているからです。

続けざまに嘘をつかれたことに、納得がいかず消化不良を起こしています。
そして優しくできない自分に、落ち込んでいます。



食事の管理や身の回りの世話、学校や部活動、習い事の管理。

親は日々忙しく、子どもの世話が24時間体制のときもあります。

さらに自身の仕事があればますます忙しくなり、イライラが蓄積されるのは必然のこと。

ありとあらゆることの面倒をみているのに、それを当然のように享受し、謝礼のひとつもない。

わたし自身も親にそう育てて貰って、自分が親の立場になって初めて感謝を抱いたので、当たり前に受け入れてはいます。

感謝されたいわけでも、子どもの世話が嫌なわけでもありません。
(正直、面倒なときはありますが)
それでも、割に合わないなぁ、と感じることもしばしばあります。


子どもがいなければもっと楽に生活できたかな?

子どもの養育費はいまや大学卒業まで2,000万〜3,000万以上かかるとされ
(目眩…)、我が家は二人いるので6,000万かぁ、と乾いた笑いしか出てきません。

元々子どもが好きだったわけではなく、嫌いというよりは興味があまりありませんでした。
主人や周りの願いもあり、幸福にも二人の子どもを授かり、産んでみて初めてわかったこと。

子どもは唯一無二の存在で、これ以上に大切なものはないと。
(一瞬で主人よりも優先順位が高くなったのは内緒)

でも、子どもがいなかった人生も、気楽で身軽で幸せだっただろうな、とも思う。


子どもを持つことを否定はしないし、もちろん、非難もしない。

本当に子どもって、お金も手間もかかる。

こんなに愛情やお金をかけて育てたところで、まっすぐに育つかどうかもわからない。

老後を看てもらえる保証もないし、もしかしたら働かずにずっと家にいるかもしれない…
(怖すぎる)非行に走ったり、家族に暴力を振るうような子どももいる。

子どもを持つことの金銭的なリターンのみを追う場合、コストの割に見返りが少ない。コスパが悪い。費用対効果はきっと低い。


それでも、親はやめられない

でも、得られることも多い。

成長していく過程を見守る時間はとても有意義で、たくさんの発見をくれた。

いままで興味がなかったことも、子どもと一緒に学び、新しい知識や場所も知った。

世界が広がり、これまで縁がなかった人にも出会えた。



今日からガンダムの「閃光のハサウェイ」って映画が上映されること、ご存じですか?

我が家はガンダム教の息子がずっと情報を追い、興味のない母にまで逐一報告してくれる
ので、しっかり上映日の把握をしています。

喧嘩中で、ほとんど口を聞かない状況です。

それでも、同じくガンダムが大好きな子を持つママ友に連絡をして、
中学校のお友達と一緒に映画を観る約束をしました。
チケットの予約も、もうバッチリ。

怒っていても、許せない、って思っていても息子の喜ぶことを結局はしてしまう。

喧嘩をしていても息子は可愛い。

親っていうのは、費用対効果なんて考えたらやっていられないですね。

ガンダムの映画に興味のない娘のフォローもしないとね。

大変だなぁ、とため息をつきつつ、一緒に映画に行ってくれるのもあとどれくらいだろうなぁ、とちょっと感傷的になってしまう昼下がり。

子育てって奥が深い。

ガンダムって言えば、このガンダムですよねぇ…

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