4月、子どもたちの新学期が始まって、家の中がしんと静かになった瞬間。ふと「私って、何がしたいんだろう」と思ったことはありませんか。40代主婦で自分がわからないと感じるのは、実はあなただけじゃありません。今日は、そんな春のモヤモヤについて、私自身の経験を交えてお話しさせてください。
春の新学期、ぽっかり空いた「自分の時間」に戸惑う
4月は変化の季節です。子どもが進学したり、新しいクラスに馴染もうとしていたり。家族それぞれが「新しい場所」に向かっていく中で、送り出す側の私だけが、去年と同じ場所に立っている気がしました。
朝、「いってきます」の声がバタバタと玄関から消えて、リビングに戻ると、脱いだままの部屋着や出しっぱなしの麦茶。それらを片づけながら、洗濯機を回して、掃除機をかけて。気がつけば午前中が終わっている。
洗濯物を干しながら、ふと手が止まる。「この時間、私は何をしているんだろう」。忙しいはずなのに、心のどこかがスカスカしている。そんな感覚、40代の主婦なら一度は覚えがあるんじゃないかと思います。仕事をしていた時は、出勤前にやらなくてはいけないことが山積みで、立ち止まって考える時間なんて皆無でした。今は時間が増えた分、自分の内面と向き合うことが多くなりました。
春の空はきれいで、桜の花びらがひらひら舞っているのに、その景色をきれいだなと感じる余裕すらない。いや、正確には余裕はあるのに、なぜか心が追いつかない。そんな不思議な状態です。
フルタイムを辞めた私が「自分がわからない」と思った日
私はもともとフルタイムで働くワーママでした。毎日バタバタで、朝は戦争、夜はぐったり。習い事の時間に合わない!とダッシュし、帰宅してから夕飯をつくり、お風呂、あっという間に就寝時間。残った家事にため息をつく日々。「子どもともっと一緒にいたい」という気持ちと、職場の移転予定や人間関係に疲れ、心身ともに限界を感じ、思い切って専業主婦になりました。
最初のうちは、朝の時間にゆとりができて嬉しかった。子どもを学校まで送って「いってらっしゃい」と笑顔で見送れること、学校行事に堂々と参加できること、晩ごはんを丁寧につくれること、
急に体調不良になった子どもに寄り添えること。
「ああ、こういう暮らしがしたかったんだ」と思いました。
でも、3ヶ月もすると、別の不安がじわじわと押し寄せてきました。
収入がなくなった怖さ。スーパーで値段を見比べるたびに「私、稼いでないからな」と後ろめたくなる。社会とのつながりが薄くなっていく焦り。ニュースを見ても「もう私には関係ない世界かも」と感じてしまう。
一番つらかったのは、ママ友との会話で「最近何してるの?」と聞かれたとき。「うーん、特に何も…」としか答えられない自分がいました。会社員だったころは「○○会社の△△です」と名乗れたのに、今の私には肩書きがない。「私は何者なんだろう」という問いが、春の陽気のなかでじわじわと胸に広がっていきました。このままでいいのかな、胸に広がる不安が日々大きくなっていきます。
40代は「アイデンティティの再構築期」らしい
あるとき、ネットで「ミッドライフクライシス」という言葉を見かけました。40代前後に訪れる心の転換期のことで、「自分は何がしたいのか」「このままでいいのか」という揺らぎが起きやすい時期なのだそうです。
子育てが少し落ち着いてきて、時間にわずかな余白ができる。すると、これまで「お母さん」「妻」という役割で埋まっていた自分の中に、ぽっかりと空洞が見えてくる。これは病気でも怠けでもなく、40代の専業主婦が自分らしさを模索するごく自然なプロセスなんだと知って、少しだけ楽になりました。
考えてみれば、20代は就職して仕事に夢中になり、30代は結婚・出産・育児で走り抜けた。気がつけば40代。ふと立ち止まって「で、私はどうしたいんだっけ?」と思うのは、むしろ健全なことなのかもしれません。これまでの人生で「自分のこと」を後回しにしてきた分、ここで向き合うタイミングが来たんだなと。
「やりたいこと」が見つからなくてもいい
SNSを開くと、「40代から資格を取りました」「好きなことを仕事にしています」というキラキラした投稿が目に飛び込んできます。焦りますよね。私も「何か始めなきゃ」と思って、手当たり次第に情報を集めた時期がありました。資格の資料を取り寄せたり、在宅ワークを検索してみたり。でも、どれもピンとこなくて(上手くいかなくて)、「やっぱり私には何もないんだ」と余計に落ち込みました。
でも、ある日気づいたんです。「やりたいこと」は、探して見つかるものじゃなくて、日常の中でふと心が動く瞬間の積み重ねなんだと。
たとえば、本屋でたまたま手に取った一冊にワクワクしたこと。子どもの友達のお母さんと話していて、「あ、この話題おもしろいな」と思った瞬間。料理のレシピを自己流にアレンジして「おいしい!」と言われたときの、じんわりした嬉しさ。夜、子どもたちが寝た後にひとりで飲むハーブティーの時間が、思いのほか好きだったこと。
大きな目標なんかなくても、その小さな「心の動き」をちゃんとキャッチしてあげること。それが、40代主婦が自分らしさを取り戻す第一歩なんじゃないかなと、今は思っています。
まずは心の健康を取り戻すとこを最優先に、自分のペースで一歩ずつ進んでいる途中です。
私が始めた「自分を知るための小さな習慣」
偉そうなことは言えないのですが、私が最近やっていることを少しだけ書かせてください。
ひとつは、一日の終わりに「今日うれしかったこと」をひとつだけメモすること。ノートでもスマホのメモでもなんでもいい。「息子が『ごはんおいしい』って言ってくれた」「図書館で借りた本が当たりだった」「スーパーで安いお肉を見つけてテンションが上がった」——そんなささいなことで十分です。続けていると、自分が何に喜びを感じるのか、ぼんやりと輪郭が見えてきます。
もうひとつは、月に一度だけ「自分のためだけの時間」をつくること。カフェでひとりコーヒーを飲むだけでもいい。書店で気になる本を手に取るだけでもいい。家族のためでも家事のためでもない、ただ自分が心地いいと思える時間。最初は「こんなことしていていいのかな」と罪悪感がありましたが、この時間があるだけで、翌日からのモチベーションが全然違うんです。
そしてもうひとつ。このブログを書くことも、実は私にとっての「自分を知る時間」になっています。頭の中のモヤモヤを文字にすると、「ああ、私はこういうことを考えていたんだ」と気づけることがある。誰かに読んでもらえたらうれしいけれど、まずは自分のための整理。そんな気持ちで書いています。
🔍 こんな気持ち、ありませんか?
- □ 「自分は何がしたいのかわからない」とモヤモヤする
- □ SNSのキラキラした投稿を見ると焦る
- □ 「お母さん」以外の自分が思い出せない
- □ 家族を送り出した後の静けさが怖い
- □ 誰かに「最近どう?」と聞かれると困る
- □ 「何かしなきゃ」と思うのにエネルギーが出ない
ひとつでも当てはまったら、それは「自分を取り戻したい」というサインかもしれません。焦らなくて大丈夫ですよ。
自分がわからない春も、悪くない
40代で「自分がわからない」と感じるのは、これまで家族のために全力で走ってきた証拠だと思います。自分のことを後回しにしてきたからこそ、ふと立ち止まったときに戸惑う。それって、ちゃんと生きてきたってことですよね。
桜が散って、新緑が芽吹くこの季節。家族がそれぞれ新しいスタートを切るように、私たちも「自分」という存在を、もう一度ゆっくり育て直していいんだと思います。急がなくていい。人と比べなくていい。今の自分にできることを、ひとつずつ、ゆっくりと。
完璧な答えなんかなくていい。今日の自分に「おつかれさま」って言ってあげること。そこからで十分。40代の春は、自分を見つけ直す、やさしい始まりの季節です。
もし今、同じように「自分がわからない」と感じている方がいたら、あなたは一人じゃないよと伝えたい。一緒にゆっくり、自分らしさを探していきましょうね🌿



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