※本サイトで紹介している商品・サービス等の外部リンクには、アフィリエイト広告が含まれる場合があります。
「なんでわたしだけ」——そう思ったことは、数えきれないほどあります。
共働き時代、朝4時半に起きて家事をこなしてから出社していたわたしが、15年かけてたどり着いた答えは「夫に期待しない」ということでした。諦めに聞こえるかもしれないけれど、そのほうがずっと穏やかに暮らせています。
朝4時半に起きて家事をしてから出社していた
フルタイムで働いていた頃、朝4時半に起きていました。
家事を終わらせてから出社するためです。朝食を作って、夕食の下ごしらえをして、子どものことを済ませて、軽く掃除をして、それから仕事へ。帰ってきたらまた家事が待っている。そんな毎日でした。
夫の平日の帰宅は、23時を回ることもよくありました。だから家事を頼むのは現実的に難しい。それはわかっていました。
だから、せめて休日くらいは——と思っていたんです。
でも現実は違いました。
ちなみにわが家は義母と敷地内同居です。何かあれば義母に頼めてしまう環境が、夫がますます動かない理由のひとつになっているのかもしれない——そう思うこともあります。
平日は夫の帰宅を待たずに先に就寝していたので、唯一「洗濯だけはお願いね」と頼んでいました。それくらいしか現実的に頼める家事がなかったんです。
💦 「終日家にいたのに、何もできていない」
外出から帰ると、夫が一日家にいたはずなのに、洗濯物は畳まれておらず、食洗機の中も片付いていませんでした。そんなことが何度もありました。
不機嫌になりながらも、荷物を置いた瞬間にわたしが片付けを始めます。夫が「手伝おうか」と声をかけてきても、心の中では「家にいるときくらい自主的にやってよ」という言葉が浮かんでいました。
でも、言えないんです。言ったところでケンカになるわけでも、夫が怒るわけでもない。ただ、言葉を選んで説明すること自体が疲れる。なんで説明しなきゃいけないんだろう、って。一人でイライラして、一人でなんとか納得して、それで終わり。降り積もるものはあるけど、表に出る前に自分で片付けてきました。
「なんでわたしだけ」という気持ちは、ずっとありました。
同じように感じている方は多いと思います。リンナイ株式会社が2024年に共働き夫婦1,000名を対象に実施した調査では、女性の72%がパートナーの家事に不満を抱えており、最も多かった不満は「家事を『手伝うもの』と思っていること」だったそうです(リンナイ株式会社「家事分担に関する意識調査」2024年8月30日)。
「お手伝い」じゃなくて、当事者として動いてほしい——その気持ち、すごく共感します。
共働き時代の、ずっとモヤモヤしていたこと
共働き時代、どうしても腑に落ちないことがありました。
夫が仕事のあと少し家事や育児をするだけで、周りから「凄いね」「良い旦那さんだね」と言われるんです。でも同じように仕事をして、育児もして、家事もこなしているわたしは、ちょっと手を抜くと責められます。やっていても「当然」と思われるんです。女性が育児・家事・仕事をするのは当たり前、そう自分でも思い込もうとしていたし、周りからもそう思われている感覚はありました。
同じように稼いでいても、この非対称さはなんだろう、とずっと思っていました。「同じように稼げ」と言われたらどうしようもないけれど、それでも不公平だな、と。
ごくたまに、夫が料理をしてくれることがありました。でも何時間もキッチンに立っているのに、できあがるのはカレーが1品、あるいは豚汁が1品。炊飯はされていなかったり、副菜は一切ありませんでした。
わたしが料理するときは、頭の中でずっとシミュレーションしています。炊飯は時間がかかるから先にスイッチを入れて、煮物を火にかけながら野菜を切って、炒め物はあのタイミングで——そういうことを同時に考えながら動いています。
でも夫の場合は、ずっとカレー鍋をかき混ぜていました。カレーに入れる玉ねぎを、どれだけ炒めるんだろう、というくらいずっと炒めていて。「電気代……」と心の中でつぶやいていたのを覚えています(笑)。
「ありがとう」と素直に言えればよかったのかもしれません。でも、帰ってきて「今日は作ったよ」と言われても、結局わたしが大急ぎで炊飯して副菜を作ることになる。
あるとき、ついこう言ってしまいました。
「2時間かけて1品しか作れないなら、わたしがやるからいいよ」
今思えば、素直に「ありがとう」と受け取れればよかったのかもしれないです。でも当時の疲れ切った自分には、それが難しかった。

🌿 15年かけてたどり着いた「期待しない」という選択
「やってもらえないのが当たり前」と思えるようになったのは、結婚して15年を過ぎたあたりでした。
急に何かが変わったわけじゃないんです。ただ、あるとき「期待するからイライラするんだ」とふと気づいて。
平日の帰宅が遅いのは変わらない。収入もわたしのほうが低い。それなら家事の負担が多いのはある意味仕方がない——そう頭で整理できたときに、少し楽になりました。諦めたんです、期待しても変わることはない、と。
「諦め」と言うとネガティブに聞こえるかもしれません。でもわたしの場合は、「変えられないことを変えようとするのをやめた」という感覚でした。夫に変わることを求めて消耗するより、自分のペースで家事を回すほうが、精神的にずっとラクだったんです。
共働き時代にお願いしていた家事は、洗濯(干すまで)だけ。夫の帰宅前に就寝していたので、それだけ頼んでいました。
それも、専業主婦になった今はほとんどなくなりました。今やってもらっているのは、たまに夕食後の食器を食洗機に入れること、あと家のフィルター交換くらい。「やって」と言えばやってくれます。でも自分事じゃないから、あくまで「お手伝い」の域を出ません。
それでも、今はそれでいいと思っています。
唯一、夫が継続してやってくれているのが子どもたちの送迎です。運転が苦手なわたしにとって、これは本当にありがたい。平日は全部わたしですが、休日は結構やってくれます。「家事はほぼやらない」でも、この1点だけは感謝しています。
「諦め」じゃなくて、「自分軸」へのシフト
「期待しない」と決めてからは、家事に対してイライラすることが減りました。
夫がやっていなくても「やってくれなかった」ではなく、「わたしがやるのが当然。何か少しでもやってもらえたらラッキー」という感覚になってきました。家事が「夫婦で分担するもの」ではなく「わたしがやるのが基本」として腑に落ちると、不思議と怒りが湧きにくくなりました。
もちろん、今でも「手伝ってくれたら助かるのに」と思う瞬間はあります。でも、それを夫への期待として持ち続けていたころより、今のほうがずっと穏やかに暮らせています。
専業主婦になったことで、自分のペースで家事ができる時間的な余裕もできました。朝4時半に起きなくていい、出社前に全部終わらせなくていい——それだけで、家事に対する感じ方がかなり変わりました。
「ますます夫に言えなくなった」という気持ちも正直あります。でも同時に「言わなくてもいい状況になってきた」ともいえます。これが正解かどうかはわからないけれど、わたしにとっては今のかたちが一番しっくりきています。
あと、地味に大事な気づきがもうひとつ。
休日、夫が10時頃まで起きてこないことがよくあります。以前はそのたびにイライラしていました。でも今は「平日、睡眠不足なんだから仕方ないか」と思えるようになって。そして気づいてしまったんです——
「夫がいない方が平和で、静かでいいです」ということに。
何もしないでゴロゴロしている姿が視界に入ってくると、正直、殺意が芽生えます(笑)。だったら見えない方がいいです。これ、かなり本音です。同じ気持ちの方、いませんか?
📝 まとめ
夫に家事を期待してイライラし続けた時期が、わたしにも長くありました。
朝4時半に起きてから出社して、休日に帰宅したら何もされていなくて、2時間かけてカレー1品を作られて……そういうことが積み重なって、気づけば「期待するのをやめよう」という選択に落ち着きました。
これは「諦め」かもしれない。でも、それで気持ちが楽になったのも本当のことです。
夫婦の家事分担に正解はないと思います。「完璧な分担」を目指すより、自分が穏やかでいられる落としどころを見つけることのほうが、長い夫婦生活には大事なのかもしれない——そんなことを、15年かけてじわじわと学んできました。
同じようにモヤモヤしている方の、何かヒントになれば嬉しいです。
▶ 関連記事:夫婦20年でほぼ喧嘩しない理由についてはこちら
▶ 関連記事:夫への感謝を書いたエッセイはこちら


コメント